女人高野へ
天野山金剛寺 座主 堀智真師 聞き手/「かわちながの世界民族音楽祭2016」芸術監督・作曲家 サキタハヂメ氏

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2015年に開催された「かわちながの世界民族音楽祭(※以下、セミン)」にて、「奥河内音絵巻(※以下、音絵巻)」を創作し、この地における四季を音楽と舞台芸術で表現したサキタ氏。そこで重要なモチーフになったのが、天野山金剛寺に所蔵されている重要文化財「日月山水図屏風」。この屏風に描き広げられる自然にインスパイアーされ、その世界感を見事に音楽で表現した昨年に続いて、今年度は次なる音絵巻を創作する。来る9/11日のセミンでは、人と山の間にある奥河内の情景を「女性らしさ」という視点で音楽をきりだし、「幻のまつり」と題した舞台を創り上げていく。今回の対談では、その「幻のまつり」の中で、重要な楽章テーマとなる「女人高野」について、天野山金剛寺の座主・ 堀智真師におうかがいした。

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「女人高野」への想い

 

サキタ氏 : 昨年の音絵巻ではたいへんお世話になり、ありがとうございました。ここで「日月山水図屏風」を目にした時から、ずっとおうかがいしたかったのですが、この屏風は実際どこを描いたものなのでしょうか?

 

堀師 : こちらこそ、おつかれさまでした。どこを描いたのか、「これは創造の域を絶しないですね」と言われています。「どこやとは言われへん」ということですね。山があって水があって、ただ海ではなく、淡水いわゆる川か湖だろうと言われています。

 

サキタ氏 : そうなんですね。僕はここから湧き出る自然を見つめ続けることで、音絵巻の第一章を創ることができました。今年はさらに「木」をマテリアルとして強化していきながら、すでに河内長野にある男まつり=だんじりと対照に、新たな奥河内の女まつり「幻のまつり」を創っていきたいんです。そこに奥河内で生きる女性像を盛り込みたくて。ずっとすごく気になっている言葉が「女人高野」なんです。女性はどんな気持ちで「女人高野」を訪れていたのか、ずっと妄想を頭のなかで繰り広げているのですが。

 

堀師 :「女人高野」というのは、ご存知のとおり、高野山は女人禁制だったことから生まれた言葉ですね。高野山への参詣は、「どうしても弘法大師様に会いたい」という想いから。もちろんお大師様は亡く

なっているので会えないのですが、お姿を祀った御影堂があって、また御廟もあって、そこでお大師様は今も生き続けられているという宗教的な考え方があります。しかし当時の女性にとっては、高野山の女人堂を最後の地点として、それ以上奥には入れない。ある言い伝えでは、お大師様が月に 9 回、お母様がいらっしゃったお寺「慈尊院」さんと高野山を行き来したことから、地名が「九度山」となったといわれるほど、お大師様のお母様でさえ、高野山へ行くことは許されませんでした。でも「お大師様に会いたい」という気持ちは、女性もみんな同じ。なので、お大師様の遺品などをいただいて祀ったお寺が、女性にとってお大師様に会えるお寺となっていったということです。

 

サキタ氏 : その頃から「女人高野」と呼ばれていたのでしょうか?

 

堀師 : 当時、「女人高野」という言葉で呼ばれていたかどうかはわからないですね。金剛寺と女性というつながりでいうと歴史的には、「鳥羽上皇」の第三皇女である「八条女院」という方がいらっしゃいます。金剛寺としては、奈良時代に行基菩薩が開創されているのですが、史実でいうと1172年に、高野山から阿観上人がこられて、「弘法大師御影供」(現在の御影供ミエク)をはじめられています。その頃、八条女院の侍女が阿観上人とつながりがあり、八条女院の御祈祷などをするようになり、金剛寺はどんどんよくなっていくんですね。ただしここでも、皇女であっても高野山にいけないという現実があって、でも「お大師様を拝みたい」というお気持ちがある。所説はいろいろとありますが、重要文化財になっている「弘法大師像」の掛け軸を高野山からいただくことになったのも、八条女院の働きがあったからではないか、と言われています。うちが「女人高野」と呼ばれているのは、その御像があること、また当時から女性を受け入れるお寺だったから。阿観上人が72歳で亡くなられた後も、その侍女の方が跡を取り、女性の住職になられたという歴史も非常に珍しいことです。

 

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「八条女院」の働きは女性社会のはじまり

 

サキタ氏 : 「女人高野」という言葉に惹かれているのは、金剛寺さんへ行く時の想いをイメージしたい、でもそこには触れてはいけないのか、どうゆう風にして「女人高野」を表現しようかと迷っていました。正直なところ、高野山までお参りできない哀しみがあると思っていたのですが、お話をおうかがいしていくと、どっちかっていうと女性の強さや美しさなのでしょうか。

 

堀師 : そうですね。プラス思考のほうだと思います。女性社会のはじまりで、八条女院は開拓者的な感じ。お寺もそれを歴史的には早くに受け入れたということですね。

 

サキタ氏 : どう解釈しようかと悩んでいたのですが、迷いがなくなりました。

 

堀師 : それはよかったです。うちのお堂をみてもらえると、すごくわかりやすいですよ。とくに御影堂から五仏堂に流れる線、檜皮葺きがかもし出すやさしい曲線。そして少し背の低い薬師堂、これらは非常に女性的なやさしさを感じられる建物です。

 

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世界から奥河内へやってくる音楽祭へ

 

サキタ氏 : 今日おうかがいしたことを活かしながら、今年は「幻のまつり」を新しい奥河内の「女まつり」として、数年後にはみんなが「かんなのはな」を身にまとって、街に繰り出せるものにしたいです。世界の音楽をここに呼んでくるのではなく、世界から奥河内へやってきてもらえるような、関空に降り立ったらここにきてほしい!」そんな気持ちです。

 

堀師 : いいですね。うちの金堂の修復も、ようやく来年度で工事がおわり、仏さんが戻ってこられて、平成30年の3月末、落慶法要(らっけいほうよう※竣工式)があります。

その前にサキタさん、機会があえば金堂でコンサートを開催しませんか?

 

サキタ氏 : はい!ぜひ演奏したいです!

 

 

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Information***

かわちながの世界民族音楽祭2016 奥河内音絵巻「幻のまつり」

2016.9.11日 11001800

詳細はWEBサイトへ 

http://lovelyhall.com/event/2016/160911_world/160911_index.html